「魔法少女とチョコレゐト」を聴いて作った即席オリジナル小説

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Я

 小学生を対象にした「将来の夢はなんですか?」というアンケートで、男子・女子ともに「魔法少女」が1位に輝いたらしい。……もうこれで9年連続である。

 魔法少女は大変な仕事だ。小学生はそれを知らない。いや、知らなくて良いというほうが正しいのかもしれない。とにかく、私はそれがどれだけ苦しいことかも知らず「魔法少女になりたい」と口々に叫ぶ子供たちに溢れる、という事実に耐えられなかった。

 それで、私は仕事からの帰りに小学生の一団に囲まれ、特に際立って輝いて見せていた少女を見つけて、彼女が一団から別れたところで「君は魔法少女になりたいのか?」と声をかけたことがあった。彼女がすぐさま誰ですかあなたは、不審者ですかといって防犯ブザーに手をかけたので、「私はきゅうべえ狩りの袴田四甜という者だ。地上戦ならあの大江戸地面師軍団にも負けない」という自己紹介をした。彼女は引き続き私を怪しむままだったが、一応防犯ブザーを取る手をしまってくれた。それで私は本題に入り、魔法少女になりたいのかと尋ねた。返ってきた答えは気持ちよく、それでいて鋭いものだった。

 「なりたくないです。誰が魔法少女になんかなりたいんすか。というより、どうして自分にそんなことを訊くっすか?」

 彼女は賢明だな、と思った。後から聞いた話だが彼女は顔がいいだけでなく、成績も優秀、クラスで一番の人気者で、小学生なのにもう何人もの男の子に、それに女の子にも告白されたのだという。もちろん彼女はその全てをつっぱねたようで、随分と溌溂とした、自分の気持ちをしっかりと持った子なのだなと思った。

 それ以降も彼女とは度々会う機会があった。道端で会うと「あ、こないだの不審者の人じゃないっすか」と毎度のように言われたが、それでも連絡先を交換する、というところまでは行った。たしか、名前を「坂本いろは」と言った。

 そしてそのまま3年が過ぎた。仕事中に彼女から電話があり、いつものように居留守を決め込んでいたら「早く出ろ」とのお達しがあったので折を見て電話に出たところ、「あたし、お姉ちゃんの薦めでこれから魔法少女をやることになったっす。だからこれからはあんまり会えなくなるっす」とのことだった。そして、プーッ、プーッという音が虚しく聞こえて、そのまま群衆の喧騒のなかへと消えていった。

 魔法少女とあれば忽ちニュースでその名前と顔を知ることになる。案の定彼女の転生先というか、魔法少女としての活動の様子はすぐに見つかった。彼女は「桃野ひなな」という源氏名魔法少女をしていたのだ。齢14、魔法少女としては適齢である―――しかしこの適齢というのは、あくまで魔法少女としての責務を果たすためのそれである。

 人間には根も葉もないうわさだとか、他人の不幸だとかそういうものを好む習性がある。知っての通り魔法少女はその格好の餌食になる。自分ひとりでは何もできない無力な一般市民を守ってくれるのが魔法少女なのに、尾ひれはひれつけていって彼女らを精神的に追い詰めるという腹立たしい、立場を弁えない所業がまかり通っている。

 もちろん彼らが魔法少女に対していっさいの発言権を持たないなどという前近代的なことは言わない。中には自己顕示欲に取り憑かれ、不義を尽くす悪どい魔法少女だっている。そういう屑みたいな堕天使が魔法少女全体の評判を落としているというのもあるが、とりあえず自分がこの魔法少女業界で飯を食わしてもらっている以上、彼女らの名誉を守り、噂話だけで物事を決めつけようとする悪辣な「オタクども」の声を裁断することが自らの義務と心得ている。そしてそれは魔法少女が小学生の将来の夢ランキングの1位になったころからずっと自分が自分の手仕事としてやってきたことだ。

 今日も数多くの「きゅうべえ」を狩った。こいつらが少年少女を唆して猫も杓子も魔法少女みたいな雰囲気を出すからいけないんだ。悪辣で強欲で滑稽で外道な民衆の期待に応えるために完璧で超人で清廉で潔白な存在を演じなければならない彼女らのことを思うと胸が痛む。そしてその想いは自分が初めて仲良くなったところの魔法少女である桃野ひなな、もとい坂本いろはに対しても同じだった。

 そんなときだった。桃野ひななが関係者の男性とホテルから出て行った、といううわさが流れた。たちまち国中の人間が混乱していた。私がきゅうべえ狩りに奔走するあいだに、彼女は国内でも指折りの人気と実力を持った魔法少女になっていた。中には容姿端麗な彼女に「ガチ恋」をする者もおり、SNSは荒れに荒れた。これがローカルな魔法少女だったら自分が業務委託を受けて鎮圧をしているところだが、どれほど優秀なきゅうべえ狩りでもこれほどの混乱を御することは不可能だった。

 もはや使い物にならない青い鳥を諦め、私は自らの人脈を頼った。彼女の潔白を証明しようとした。実際、そのような話は一切聞かれなかった。証拠だと騒がれたパパラッチの写真も、捏造であるという結論に至った。いちおう彼女の住所は仕事柄把握していたが、電話にも出ないし、今家に突撃しても迷惑だろうからと諦めた。そうとう精神的にもまいっていることだろう。今頃縄の先を結っているところかもしれない。これが十代半ばの少女に課される重荷であっていいのか。そもそも、彼女から「魔法少女になった」という報せを聞いたその時点で止めておくべきだった。

 いくら後悔したって仕方がない。私がこのような調べごとをしているうちにタスクがどんどんたまっていっていた。とりあえず目先のこれを処理しなければならない。クソッ、こんなことで私まで心を乱してしまうのか。なるべく冷徹な心を持っていたかった。このようなことには無関心でありたかった。他人の成功を妬んだり、失敗を喜んだり、あるいはそこに変な同情を持つような「人間」なんかにはなりたくなかった。そのように私が忙しくしていたときだった。派遣会社からの電話があった。

 「桃野ひななの住所を特定した、明日彼女を殺害するとの旨の書き込みが匿名掲示板にあった。念のため、明日彼女の自宅前で扮装して待機し、警護を行うように」

 実力も折り紙つきの彼女を殺害するほどの力が人間風情にあるなど、いやはや考えづらい。しかし私の金銭と身体的安寧を提供してくれる企業サマからの依頼だ、まさか無碍にはできない。私はスッキリしない思いを抱えながら翌朝、日の出とともに現場へと向かった。

 日没後3時間は待機せよとの指示があったので私はそれらしく家の前に張り込んでいた。こういうことには慣れているので携帯食料などの備えも万全にしていた。もう日も暮れそうという頃、私は強力なエネルギー反応が、そして邪悪な心臓の鼓動がこちらに近付いてきたのを察知して身構えた。私はその害心を抱いていた者と対面した。そこにいたのは、彼女と同じ魔法少女だった。

 「そこをどいて」

 強烈な殺気を彼女の口ぶりから感じた。どこかで見たことがある。彼女は桃野ひななとほぼ同時期に活動を始めた魔法少女の黒宮ほたるだ。彼女も強い魔法少女だったが、優秀な桃野ひななと常に比べられていた可哀想な子、という認識があった。しかし、桃野ひななが活動休止をした今、最も期待されている魔法少女であるはずだ。なぜ彼女がここにいる?

 「私は命令されてここにいる。よってこの場を動くことはできない」

 「どいてって言ってるの」

 「何のために?」

 「決まってるでしょ。情事に手を染め、魔法少女の本分を失った逆賊・桃野ひななを私がこの手で罰するの」

 善良な魔法少女が堕落した魔法少女を討伐するのはたまによくあることだった。しかし桃野ひななという魔法少女は堕落などしていなかった。同様に、桃野ひななを応援していた人たちの多くが、彼女の潔白を信じ、復帰を望んでいたはずなのだ。そして、その桃野ひななの身体を護衛することを私はあくまで仕事として任されていた。なのに。

 「彼女は潔白だ」

 こんな言葉が仕事人の言葉よりも先に出た。それを知っていたとはいえ、そのようなことは越権行為であるはずだった。

 「あなたに桃野ひななの何が分かる?彼女は罪人だ。分かったら早く道を開けて。いうことを聞かないならあなたもろとも粛清してあげる」

 私はこの時初めて、魔法少女というものを怖いと思った。しかしそれは自分が殺されかけている、という状況への恐怖ではなかった。自分が生きている理由など分からなかったから、別に死ぬのは怖いことではなかった。なら何が恐怖だったのか、それはこの魔法少女という生き物の習性に起因するものだった。

 「なら自己紹介をしよう」

 「あなたに開くべき口はない」

 「私は―――」

 十年前に忽然と姿を消した元魔法少女の、水無瀬透。

 「水無瀬透……?死んだって聞いたけど。あれだけ強くて、みんな憧れてたのに、突然遺書を書き残して自分から首吊って死んだって……!」

 「確かに魔法少女としての水無瀬透は死んだ。いや、殺された。どこまでも陰険で、どこまでも強欲で、どこまでも外道で、浅はかで、害悪で、白痴で、悪辣な害心に塗れた人間どもにさ!」

 「元・魔法少女なんでしょ?そんなあなたが人間さんのことをそんなふうに形容するの……?」

 「そりゃあ魔法少女の水無瀬透ならそんな言葉遣いはしなかっただろうさ。だって、魔法少女ってのはみんなの憧れだからな。魔法少女にとって大事な大事な信仰をくれる人間は今の私から見れば害悪でしかない。そしてそれと同種の害悪として今……貴様を、黒宮ほたるを認定する」

 「……!?何を言っているの!?私は……!」

 「そうだな。あらぬ疑いを着せられた朋友を助けないどころか、むしろ自らの魔法少女としての地位を脅かす存在として殲滅しようとする。その浅ましさ、下劣な人間どもと何ら変わりもない!よってこの魔法少女の水無瀬透改めきゅうべえ狩りの袴田四甜が貴様を討伐する!」

 「……私の話が全く話が通じないなんて、これがあの伝説の魔法少女の末路か!!」

 かくして、私史上最も醜い闘争が始まってしまった。魔法少女をやめた時、あれだけ自らの弱い心を断ち切ろうとしたのに、冷徹であろうとしたのに、究極的に言えば、人間であること自体をやめようとしたのに。それがどうだ。たった一人の魔法少女候補生と仲良くなってしまったことがきっかけで、まさかこれだけ彼女に肩入れをして、挙句の果てには心を乱して発狂して、今まさに、私は現役の魔法少女を血の海に叩き落そうとしている。

 この戦いには勝ちもなければ価値もなかった。いつ死んでも良かった私にとって、これはあえて言うなれば死ぬための戦いだった。かつて圧倒的な強さを持っていたとはいえ、引退すればただの人だ。現役の魔法少女と本気でやり合えば、私はこれで死ねるはずだ。そんな魔法少女と向き合うべき一介の人間として限りなく最悪な感情を携えて、私は彼女を魔法で消してしまった。

 まさか、自分が生き残るなどとは思っていなかった。仮に黒宮ほたるを討伐した時点で息があったとしても、やがて枯れ果てるものだと思っていた。しかしそれが、残念ながら魔法少女・水無瀬透の存在の証左だった。

 現役の魔法少女が死んだはずの元・魔法少女に殺害されるというニュースは瞬く間に世界を駆け巡った。当然私は逮捕され、魔法裁判にかけられることになった。それは限りなく最悪の結果だった。私の魔法少女としての残り火が暴走した結果、現役の魔法少女を毒牙にかけた。世界的な魔法少女への信仰へ、深い深い傷をつけた。まもなく開廷されるというとき、私に面会を申し出る人物が現れた。私のことを罵りに来たのか、冷笑なら歓迎だ、そう思って面会室に向かった。そこにいたのは意外な人物だった。

 「いやあ、大変なことになっちゃったっすねえ。久しぶりっす。元気にしてたっすか?」

 桃野ひななだ。彼女はきっと私の顔などもう二度と見たくないだろうと思っていた。

 「元気にしてたか?それはこっちの台詞だよ」

 「そっすねえ……あたしがもとから魔法少女やりたくなかったって、四甜さんなら知ってるっすよね?」

 「ああ」

 やはり。本当に彼女が来ていた。今の活動名自体も偽名なので、自分の事を下の名前で四甜などと呼ぶ人物は桃野ひななの他にいなかった。

 「そうっす。でも、中学に入ってすぐの頃、お姉ちゃんがちょっとやられちゃって。家族、みんな泣いてたっす。だからこれ以上誰かの泣き顔を見たくないなって思って、それで魔法少女をやろうと思ったんすよ」

 彼女は魔法少女になってからのことを次々に話した。初めて魔物を狩った時のこと。誰かに感謝された時のこと。まだ黒宮ほたると仲が良かった時のこと。そして、自分が信じてきたものの価値が、全部嘘だって思った時のこと。

 「そうっす。だからお姉ちゃんから薦められて、ってのは半分嘘っす。だって、そんなこと言ったら四甜さんならどうせ止めるだろうなって思って。そして今、このざまで……ほんと、申し訳ないっす」

 「謝りたいのはこっちだよ……なあ、坂本いろは」

 「なんすか?本名で呼ばれるのなんて久々で、ちょっとびっくりしたっす」

 「お前は魔法少女であることを、嫌だと思うか?」

 「そっすねー……半分、嫌だったっす。こないだまでは」

 「こないだ?それはどういうことなんだ」

 「四甜さんが十数年ぶりに水無瀬透になってほたるちゃんと戦ってるところを見て、あたし、気付いたっす。自分が愛する誰かを守るという、強い意志を持つ存在こそが魔法少女なんだって」

 私はそのとき、はっとした。そしてそれが同時に、彼女の強さなんだろうな、ということに気付いた。彼女はさらに言葉を続けた。

 「だから今度はあたしが四甜さんを助けてあげるっす。完全な無罪は証明できないかもしれない。だけど、四甜さんの中に、今でも魔法少女の水無瀬透が生きてる、ってことは絶対に証明するっす!」

 彼女は笑っていた。こんなに澄みわたるような笑顔は見たことがなかった。

 「それなら……私は、君の、魔法少女の桃野ひななの笑顔を……守れていたのか……?」

 「そうじゃなかったらあたしは今ここであなたと話をしてないっす!だから悲しい顔をするのをやめるっすよ!」

 そして時間が来たからもうこれで、と言って彼女は面会室を出て行った。相変わらず慌ただしくて、溌溂で、騒がしくて、自分の心を大事にする少女だった。私は彼女の背中を見送り、扉が閉ざされたのを確認したとき、唐突に目から涙をこぼしてしまった。魔法少女をやめて以来、泣くことなんかなかった。ぐちゃぐちゃの感情の整理をつけるので必死だった。こんな最低なことをしたのにまだ、魔法少女としての私を、水無瀬透を信じてくれる人がいるなんて―――そんな故人の話など、どうでもよかったはずなのに。

 一つだけ確かだったのは、桃野ひななは正真正銘の魔法少女だということだった。そしてその魔法少女は明日からの、もう一人の魔法少女の断罪のための法廷で、こんどは私の笑顔を守るために立つのだ。