オタクは激怒した。必ず、かの爽健美茶のランカーを除かなければならぬと決意した。オタクには対人コミュニケーションがわからぬ。オタクは、音ゲーのマーである。鍵盤を叩き、一人で遊んで暮して来た。けれども邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。きょう未明オタクはアパートを出発し、野を越え山越え*1、40キロはなれた此のシラクスの市にやって来た。オタクには父も、母も無い*2。女房も無い。十六の、内気な妹と十七人暮しだ。この妹は、村の或る律気な牧人を、近々、花婿として迎える事になっていた。結婚式も間近かなのである。オタクは、それゆえ、抱き枕の中身やら祝宴の御馳走やらを買いに、はるばる市にやって来たのだ。先ず、その品々を買い集め、それから都のラウワンをぶらぶら歩いた。オタクには竹馬のFFがあった。セリヌンティウスである。今は此のシラクスの市で、音ゲーチームのリーダーをしている。その友を、これから訪ねてみるつもりなのだ。久しく逢わなかったのだから、訪ねて行くのが楽しみである。歩いているうちにオタクは、ゲーセンの様子を怪しく思った。ひっそりしている。もう既に日も落ちて、ゲーセンの暗いのは当りまえだが、けれども、なんだか、夜のせいばかりでは無く、音ゲーコーナー全体が、やけに寂しい。のんきなオタクも、だんだん不安になって来た。待ち椅子でプロセカしてた若い衆をつかまえて、何かあったのか、二年まえに此のラウワンに来たときは、夜でも皆が歌をうたって、ゲーセンは賑やかであった筈だが、と質問した。若い衆は、首を振って答えなかった。しばらく歩いてエコ爺に逢い、こんどはもっと、語勢を強くして質問した。エコ爺は答えなかった。オタクは両手でエコ爺のからだをゆすぶって質問を重ねた。エコ爺は、あたりをはばかる低声で、わずか答えた。
「ランカー様は、人を殺します。(孫のひ孫の孫まで yeah!)」
「なにおき?」
「リザをパクっている、というのですが、誰もそんな、リザをパクっては居りませぬ。」
「マ?ありえんヤバみが深い」
「いいえ、乱心ではございませぬ。マーを、信ずる事が出来ぬ、というのです。このごろは、チームメンバーのリザルトをも、お疑いになり、少しく派手なスコアを出している者には、代行ひとつずつ差し出すことを命じて居ります。御命令を拒めばツイッターに晒されて、社会的に殺されます。きょうは、六人殺されました。」
聞いて、オタクは激怒した。「何してる話し⁉謝れ‼」
オタクは、単純な男であった。買い物を、背負ったままで、のそのそランカーの視界にはいって行った。たちまち彼は、囲いに捕縛された。調べられて、オタクの過去ツイからは苦言が出て来たので、騒ぎが大きくなってしまった。オタクは、ランカーの前に引き出された。
「この苦言で何をするつもりであったか。言え!」暴龍天ディオニスは静かに、けれども威厳を以て問いつめた。そのランカーの顔はEverWhiteで、眉間の皺は、刻み込まれたように深かった。
「ヤイオタク オマエハ ポンコツアスペ オトゲーヤメロイド」とオタクは悪びれずに答えた。
「おまえがか?」ランカーは、憫笑した。「仕方の無いやつじゃ。おまえには、わしの孤独がわからぬ。」
「ほ~ん、言うやん。」とオタクは、いきり立って反駁した。「人の心を疑うのは、最も恥ずべき悪徳だ。疑という字はねぇ、ひとりの『人』がもうひとりの『ヒ矢マフト』を支えている字です。」
「疑うのが、正当の心構えなのだと、わしに教えてくれたのは、おまえたちだ。モブのリザルトは、あてにならない。音ゲーマーは、もともと自己顕示慾のかたまりさ。信じては、ならぬ。」暴龍天は落着いて呟き、ほっと溜息をついた。「わしだって、平和を望んでいるのだが。」
「575」こんどはオタクが嘲笑した。「溜息やめろよ!なんで溜息つくの!?溜息つかれた人の気持ち考えた事あるの?ねぇお母さん言ってたよ溜息は人前でついちゃいけませんって!むしろ溜息ついちゃいけませんって言ってたよって言ってる間に今日誕生日の人います?ねぇ今日誕生日えもんの人います??」
「だまれ、下賤の者。」ランカーは、さっと顔を挙げて報いた。「口では、どんな清らかな事でも言える。わしには、モブの腹綿の奥底が見え透いてならぬ。おまえだって、いまに、炎上になってから、泣いて詫びたって聞かぬぞ。」
「ままええわ」と言いかけて、オタクは足もとに視線を落し瞬時ためらい、「3日クレメンス、マニュギからのセイクで優勝したらポは帰ってくるんだゾ」
「ばかな。」と暴龍天は、嗄れた声で低く笑った。「とんでもない嘘を言うわい。見逃がしたノーツが帰って来るというのか。」
「んなわけねえだろぉい!!そんなわけねーじゃん!!」オタクは必死で言い張った。「まあそれはそれとして 3日でもどルマン!代わりにランカーのFF外からセリヌンティウス失礼するゾ~」
それを聞いてランカーは、残虐な気持で、そっと北叟笑んだ。生意気なことを言うわい*3。どうせ帰って来ないにきまっている。この嘘つきに騙された振りして*4、放してやるのも面白い*5。そうして身代りの男を、三日目に殺してやるのも気味がいい*6。人は、これだから信じられぬと*7、わしは悲しい顔して、その身代りの男を磔刑に処してやるのだ*8。世の中の、正直者とかいう奴輩にうんと見せつけてやりたいものさ。
「願いを、聞いた。その身代りを呼ぶがよい。三日目には日没までに帰って来い。おくれたら、その身代りを、きっと殺すぞ。ちょっとおくれて来るがいい。おまえの罪は、永遠にゆるしてやろうぞ。」
「ΩΩΩ<な、なんだってー!?」
「はは。界隈での体面が大事だったら、おくれて来い。おまえの心は、わかっているぞ。」
オタクは口惜しく、地団駄踏んだ。おにぎりくらいのカロリーがなくなった。
竹馬のFF、セリヌンティウスは、深夜、ラウワンに召された。暴龍天ディオニスの面前で、佳き友と佳き友は、二年ぶりで相逢うた。オタクは、FFに一切の事情を語った。セリヌンティウスは無言で首肯き、オタクをひしと抱きしめた。フォロワーとフォロイーの間は、それでよかった。セリヌンティウスは、写真をツイートされた。オタクは、すぐに出発した。初夏、満天の星である*9。
オタクはその夜、一睡もせず40キロの路を急ぎに急いで*10、村へ到着したのは、翌る日の午前、陽は既に高く昇って、会社員たちは外に出て仕事をはじめていた。オタクの十六の妹も、きょうは兄の代りに留守の番をしていた。よろめいて歩いて来る兄の、爽健美茶の姿を見つけて驚いた。そうして、うるさく兄に質問を浴びせた*11。
「なんでも無ブリブリブリブリュリュリュリュリュリュ!!!!!!ブツチチブブブチチチチブリリイリブブブブゥゥゥゥッッッ!!!!!!!」オタクは無理に笑おうと努めた。「家族がふえるよ!! やったねたえちゃん(裏声)」
妹は頬をあからめた*12。
「ウレシィカ・ウレシィ=ダロ」
オタクは、また、よろよろと歩き出し、家へ帰って神々の祭壇*13を飾り、祝宴の席を調え、間もなく床に倒れ伏し、呼吸もせぬくらいの深い眠りに落ちてしまった*14。
眼が覚めたのは夜だった。オタクは起きてすぐ、花婿のカバーを開封した。そうして、少し事情があるから、結婚式を明日にしてくれ、と頼んだ。婿の牧人は驚き、それはいけない、こちらには未だ何の仕度も出来ていない、L2(Ver.A)の季節まで待ってくれ、と答えた*15。オタクは、待つことは出来ぬ、どうか明日にしてくれ給え、と更に押してたのんだ。婿の牧人も頑強であった。なかなか承諾してくれない。夜明けまであと3秒議論をつづけて、やっと、どうにか婿をなだめ、すかして、説き伏せた*16。結婚式は、真昼に行われた。爽健美茶の、全世界への発信が済んだころ、黒雲が空を覆い、ぽつりぽつり雨が降り出し、やがて車軸を流すような大雨となった。祝宴に列席していた友人たちは、何か不吉なものを感じたが、それでも、めいめい気持を引きたて、狭い家の中で、むんむん蒸し暑いのも怺え、陽気に歌をうたい、手を拍った*17。オタクも、キショオタクフェイスに喜色を湛え、しばらくは、ランカーとのあの約束をさえ忘れていた。祝宴は、夜に入っていよいよ乱れ華やかになり、人々は、外の豪雨を全く気にしなくなった。オタクは、一生このままここにいたい、と思った。この佳い人たちと生涯暮して行きたいと願ったが、いまは、自分のからだで、自分のものでは無い。ままならぬ事である。オタクは、わが身に鞭打ち、ついに出発を決意した。あすの日没までには、まだ十分の時が在る。ちょっと一眠りして、それからすぐに出発しよう、と考えた。その頃には、雨も小降りになっていよう。少しでも永くこの家に爽健美茶とどまっていたかった。オタクはオタクなので、やはり未練の情というものは在る。爽健美茶、歓喜に酔っているらしい花嫁に近寄り、
「おめ!リア充爆発しる!そりでは30分練りをしまつ。ぽきたらラ行けたら行く。ぽやしみ~」
花嫁は、爽健美茶で首肯いた*18。オタクは、それから花婿の肩をたたいて、
「お前を殺す」デデン!テケリリテケリリ
花婿は揉み手して、てれていた*19。オタクは笑って友人たちにも会釈して*20、宴席から立ち去り、押入れにもぐり込んで、死んだように深く眠った。
眼が覚めたのは翌る日の薄明の頃である。オタクは跳ね起き、南無三、1145141919分も寝ちゃったか、いや、まだまだ大丈夫、これからすぐに出発すれば、約束の刻限までには十分間に合う。きょうは是非とも、あのランカーに、人の信実の存するところを見せてやろう。そうして笑って磔の台に上ってやる。オタクは、悠々と身仕度をはじめた。雨も、いくぶん小降りになっている様子である。身仕度は出来た。さて、オタクは、ぶるんと両腕を大きく振って、雨中、矢の如く走り出る電車に乗った。
私は、今宵、社会的に殺される。殺される為に行くのだ。身代りのFFを救う為に行くのだ。ランカーの爽健美茶を打ち破る為に行くのだ。行かなければならぬ。そうして、私は殺される。若い時から名誉を守れ。さらば、ふるさと。若いオタクは、つらかった。幾度か、降車しそうになった。えい、えいと大声挙げて自身を叱りながら行った。村を出て、野を横切り、森をくぐり抜け、ラウワンに着いた。
オタクは凛として咲く花の如く音ゲーコーナーに突入した。余裕で間に合った。
「オタクが来たにょ」と大声でゲーセンの囲いにむかって叫んだつもりであったが、緊張で喉がつぶれて嗄れた声が幽かに出たばかり、囲いは、ひとりとして彼の到着に気がつかない。オタクは、囲いを掻きわけ、掻きわけ、
「こんばんはー! ディオニスくん いますかー!」 と、かすれた声で精一ぱいに叫びながら、ついにボルテ筐体に昇った。囲いは、どよめいた。あほたれ。おろせ、と口々にわめいた。セリヌンティウスの縄は、ほどかれたのである。
「セリヌンティウス。」オタクは眼に涙を浮べて言った。「殴ってたも~殴ってたも~」
セリヌンティウスは、すべてを察した様子で首肯き、ゲーセン一ぱいに鳴り響くほど音高くオタクの右頬を殴った。殴ってから優しく微笑み、
「オタク、私を殴れ。同じくらい音高く私の頬を殴れ。私はこの三日の間、たった一度だけ、ちらと君を疑った。生れて、はじめて君を疑った。君が私を殴ってくれなければ、私は君と抱擁抱擁~できない。」
オタクは腕に唸りをつけてセリヌンティウスの頬をクソザコパンチした。
「ありがとう、友よ。」二人同時に言い、ひしと抱き合い、それから嬉し泣きアニメにオイオイオイ声を放って泣いた。
囲いの中からも、歔欷の声が聞えた。暴龍天ディオニスは、囲いの背後から二人の様を、まじまじと見つめていたが、やがて静かに二人に近づき、顔をあからめて、こう言った。
「おまえらの望みは叶ったぞ。おまえらは、わしの心に勝ったのだ*21。信実とは、決して空虚な妄想ではなかった。どうか、わしをも仲間に入れてくれまいか。どうか、わしの願いを聞き入れて*22、おまえらの仲間の一人にしてほしい*23。」
どっと囲いの間に、歓声が起った。
「万歳、ランカー様万歳。」
ひとりの少女が、ユニクロのジャンパーをオタクに捧げた。オタクは、まごついた。佳きFFは、気をきかせて教えてやった。
「オタク、君は、チェックシャツのシャツインじゃないか。早くそのジャンパーを着るがいい。この可愛い娘さんは、オタクのクソファッションを、皆に見られるのが、たまらなく口惜しいのだ。」
勇者は、ひどく赤面した。