それは、三月のある晴れた日のことでした。
いつものように、私は近所のゲームセンターでbeatmania IIDXをプレイしていました。
二月の終わりにDP九段を取得した私は、続くDP十段の取得に向けて足繁くゲームセンターへ通っていたのです。
さて、☆11の譜面をいくつか触って指も温まったことだし、今から☆12のイージー埋めを始めよう。
そんなことを考えながらターンテーブルを回していたとき、ある楽曲の名が私の目にとまりました。
申し遅れました。
どうも、京音4回生の本*1です。
この記事では、beatmania IIDX 4th styleで追加されたTaQの楽曲『empathy』のDP HYPER譜面*2を鑑賞していきます。
譜面鑑賞
2~9小節
4小節の4つ打ちから始まり、続く4小節でそこに音が足されていきます。
これといって特徴のない、それでいてこのあとに続く譜面を期待させるようなイントロです。
いったいどんな譜面が待ち構えているのでしょうか。緊張が高まります。
10~17小節
待っていたのは無理皿でした。
譜面をじっくり眺めてみましょう。
1P側の譜面はシンセの音をとった3・5の8分トリル、おそらくキックの音をとった1鍵、そしてスクラッチに分けられます。
そしてよく見ると、1P1鍵と2P1鍵がすべて同じタイミングに配置されています。
8分刻みの繰り返し譜面であることに加え、この同期によってグルーブ感が高まっていきます。
もっとも、初見のプレイヤーはスクラッチに気を取られてしまい、なかなかグルーブゲージが上がらないまま次の地帯を迎えることになります。
18~25小節
前半最大の難所にして、この楽曲中でもっとも理不尽なスクラッチが置かれている地帯です。
1P側をみると、3・4・5鍵で細かい音を鳴らし、そこに1・7鍵が加わる構成になっています。
2P側をみると、細かい音は1・2鍵に集中し、そこに3・5・7鍵が加わっています。
これだけなら比較的中央に寄った良心のある配置*3なのですが、4回降ってくるスクラッチはすべて無理皿。
しかも1P側はすべて16分移行、2P側は1鍵との無理皿となっています。
「取れるもんなら取ってみな」という譜面制作者の挑発が聞こえてくるようです。
ここで初見プレイヤーはただでさえ少ないゲージをさらに擦り減らし、ブレイクを迎えることになります。
26~41小節
無理皿を抜けた先のブレイクでプレイヤーを待っていたのは、さらなる無理皿でした。
これさえなければ単なる休憩地帯なのですが、スクラッチの存在によって否が応でも後半に向けた緊張が高まります。
当然、BGAに映っている泡に包まれたピンク色の女性を気にしている余裕などないでしょう。
42~49小節
楽曲も後半に入り、譜面はふたたび細かい音を拾いはじめます。
1P側をみると、今度は5・6・7鍵に細かい音を取らせています。
18~25小節と比べて多少は中央に寄せていますが、譜面全体が視認しやすくなったわけではありません。
2P側の配置が横に広いためです。
2・4・6鍵のノーツは螺旋状に配置され、7鍵は裏拍を叩き、そして1鍵には微縦連が何度も降ってきます。
無理皿を無視し、1P側はある程度見えるようになったのに、ゲージは増えるどころかどんどん減っていく。
2P2鍵の4連打を気にする余裕もなく、初見プレイヤーの胸中に戸惑いと焦りが広がっていきます。
なお、2枚のスクラッチには声ネタがアサインされており、これを取り損ねると曲が一気に盛り下がってしまいます。
ゲージの安定のために捨てるべきか、雰囲気を尊重して取るべきか。難しい選択です。
50~57小節
この譜面における最大の見せ場にして、記事執筆の決め手となった地帯です。
仮にあなたがこの楽曲の譜面制作者であり、「16分間隔に切られた6拍ぶんのサンプリングを、好きなように配置せよ」と指示されたとしましょう。
縦連、トリル、乱打、連皿……さまざまな配置の方法がありますが、あなたはその中からどんな置き方を選ぶでしょうか。
empathy (DP HYPER)の譜面を実際に制作した人物は、この置き方を選びました。
構成としては、最初の1打と最後の2打を除いて「1打→2打」の繰り返しです。
それを左から右へ、右から左へと白鍵上に配置していった、ただそれだけのことです。
それにもかかわらず、この配置は20年にわたって初見プレイヤーの度肝を抜き続けてきました。
まるで14レーンのSP譜面であるかのように、声ネタの単音だけですべての白鍵の上をわたる配置。
その視覚的なインパクトと微縦連の押しづらさによって、人々の脳裏に自らの姿をはっきりと焼きつけてきたのです。
58~65小節
最大の見せ場も終わり、楽曲もいよいよ終盤に突入します。
細かく鳴らされたシンセの音を2つに分け、両手でかわるがわる叩かせる。
かなり叩きやすく演奏感に満ちた譜面となり、これだけなら特筆する必要のないありふれた良譜面です。
譜面制作者は何を思ったのか、ここに4分間隔のスクラッチを追加しました。
スクラッチには、曲のはじめから鳴り続けていたシンセの音がアサインされています。
スクラッチからの16分移行、スクラッチへの16分移行、隣接皿。
たった16枚の皿が加わるだけで、プレイヤーは広い横認識と忙しない腕の動きを要求されることになったのです。
叩かせる音を増やすことで難易度を上げる、いわば譜面の「ちょい足し」。
Sigmund(SPL)の終盤スクラッチやVerflucht(SPL)の中盤キックなどが有名ですが、実はIIDX初期からある技法のひとつだったのです。
66~76小節
楽曲はアウトロに入り、堂々たるオーケストラにあわせて半分の速さでビートが刻まれます。
もちろん、譜面制作者はここにも堂々と4分間隔のスクラッチを置いてゆきます。
しかし突如としてスクラッチを置くのをやめ、曲が終わるまで2P1鍵と1P7鍵を交互に叩かせるのです。
これは一体どういうことでしょうか。
この謎の答えは、empathyという楽曲をよく聴いてみることで明らかになります。
先ほどの譜面に、少し色を足したものをみてみましょう。
黄色をつけたノーツが、次第に中央へ寄っていくのがわかります。
この画像を見ながら、empathyのアウトロを聴いてみてください。
左右に振られていたシンセの音が、中央へ寄っていくのがわかります。
もうおわかりですね。
一見すると不可解な69小節の配置は、実はシンセの音が鳴っている位置を表現したものだったのです。
もちろん、ほとんどの初見プレイヤーはそれに気づくことはありません。
この2分弱の間に起こったことを整理する暇もなく、クリアには程遠いゲージを眺めながら交互に鍵盤を押していることでしょう。
総評
IIDX初期に登場したDP譜面の一部は、その押しづらさや無理皿、着地の困難さからしばしば「1人でプレイすることを想定せずに作られた」と推測*4されます。
私たちがみてきたempathy (DP HYPER)もその例外ではありません。
しかしながらそれは、この譜面が一つの作品として完成していない、ということを意味するものではありません。
ブレイク前後の高密度地帯は、飽くなき演奏感の追求によって。
白鍵すべてに散りばめられた声ネタは、プレイヤーの目を楽しませるために。
両端から中央へと向かう交互押しは、音の鳴っている位置の表現として。
譜面制作のノウハウが殆ど確立されていない時代にあって、empathy (DP HYPER)は多くの実験的な要素を含んだ立派な作品だったのです。
そして、これからもIIDXの歴史に残る譜面のひとつであり続けることでしょう。
最後になりますが、ここまでempathy (DP HYPER)の譜面鑑賞にお付き合いいただきありがとうございます。
この記事が皆様のお役に立てば、あるいはempathy (DP HYPER)を久しぶりに選曲するきっかけとなれば幸いです。
余談
ちなみに私は左手で隣接皿が取れなかったので、両鏡FLIPでイージーしました。
その後正規でもイージーしましたが、無理皿はほとんど捨てました。
それでは。
【本が書いた記事】