"河原町ラウンドワン"がある場所って昔どんな場所だったの?

△Natua♪▽です。

 

京音のみなさんや京都市に住んでいる音ゲーマーはラウンドワン京都河原町店(通称河ラ)」に行く機会が多いと思います。

機種や台数が多かったり、知っている人が集まったり、そこ以外にあまり選択肢がなかったりでいつも混雑している河ラですが、「河ラができる前って何があったんだろ?」というのが気になったので調べてみました。

 

 

そもそも河ラっていつできたの?

とりあえずTwitter(通称X)を見てみることに。

アカウントが出来たのは2012年7月っぽいのでその辺のツイートを探してみます。

 

……全然出てこん。

最古のツイートは2014年9月8日のものでした。

 

当時はクレサを頻繁にしてたっぽいですね。

 

で、実は公式サイトのこのページに開業日が載っていました。

2001年3月17日らしいです。俺よりも2年長生き。

ラウワンの中でもかなり歴史ある方だとわかりました。

 

河ラができる前の周辺の様子

Googleストリートビューで……と思ったのですが、流石に2001年は無理です。遡れて2009年まででした。

 

こういうときは地理院地図です。

ここからの写真は国土地理院から引用しています。赤線で囲った部分が河ラです。

最新

こう見るとデケェな河ラ。

 

1979年~1983年

河ラはないです。今の河ラの場所には複数の建物が建っているように見えます。

 

河原町通周辺が全く違う!みたいなことは当然なくて、道もだいたいそのまま。

今に比べると(当たり前ですが)大きな建物はありませんね。今まで残っていそうな建物でも少し姿が違う感じがします。

 

現在右下にあるクソデカ建物(ヒューリックホール京都)はもともと小学校だったらしく*1、グラウンドが見えますね。

ちなみに(上から見ると)河ラの裏側にある新京極商店街が水路のように見えますが、そう見えるだけで普通に商店街です。

あと鴨川を挟んで右側の通りである川端通がないです。詳しくは次に。

 

1974年~1978年

建物には大きな変化はないですね。

ただ河原町通を含む大きな道路の舗装や車線数が変わってる気がします。これは京都市河原町線が廃止されたためです。*2

市電の名残は町中に結構残っていて、三条大橋を渡ったところにあるクソデカ駐車場やイオンモール北大路(元北大路ビブレ)は市電の車庫があった場所です。

他にも市電の影響で線形が変わった大通りがあったりもしますね。烏丸通東本願寺前とか。*3

 

鴨川に謎の出っ張りがありますね……前の時代では消えてるので一時的な工事用スペースとかでしょうか。

川端通の部分は、実は地上時代の京阪本線です。*4*5

そして線路の右に見えるのは川…?ではなく、琵琶湖疏水の水路です。この辺の時期に暗渠化&京阪本線が地下化され、現在の川端通になったというわけですね。

 

1961年~1969年

建物の様子が全然違いますね。建物が低いですし三角屋根の建物ばかりです。

市街地景観条例の高さ制限が制定されたのが1973年ごろらしく、その頃から高い建物が建てられはじめたのかな~なんて思ってます。*6

 

1945年~1950年

戦後すぐです。
ここまでくると歴史を感じる街って感じですね。江戸時代からの建物が多そうな予感がします。

 

京都市のデータを見よう

残念ながら「本サイトより提供される地形図の著作権京都市にあります。掲載されている情報を無断で複製・転用することは禁じられています。」って書いてあったので画像はなしです。

河ラの場所に関する情報を抜粋すると、

河原町商店街地区地区計画が適応される地域の図を見ると、河ラのとこだけ出っ張ってたり、建てちゃダメだよ建築物からゲーセンが除外されてたりで面白いです。パチ屋があるとこはパチ屋OKになってたりね。

この計画が計画(決定?)されたのは2013年7月13日なので、こちらが後ですね。

 

さっさと登記情報見ろや

その通りだと思います。

ってことで法務局の登記情報提供サービスへ7クレ(土地+建物)くらい課金してと。

 

で、どうやら河ラの土地は3分割されているらしいです。

地番検索サービスのをそのまま貼るのは多分ダメなので手書き

さっきの地理院地図を見ても3つ建物があることがわかります。

図形ちょっとズレてるけど、左上と右上と右下で違う建物っぽい
(国土地理院)

建物は河ラの建物で登記情報請求できたんですけど、土地は右上の山崎町250(河原町通に面してるとこ)以外情報ないよ(笑)言われました。そういうものなのかな

 

登記情報のPDFもそのまま貼るのは多分良くないし、俺が法務局にクレ入れた意味なくなるので抜粋で紹介。登記情報は公開情報ですし、商業施設なので個人情報とかはあんまり気にしなくてもいいと思います。知らんけど。まずかったら消します。

 

建物について。

遊技場・鉄骨造陸屋根7階建・平成13年3月16日新築

所有者: (住所略) 株式会社ラウンドワン

開業日の1日前に建築された扱いになってるっぽいですね。

所有者に下線が引かれていますが、これは抹消事項であることを意味します。つまり「今はちゃうで」ってことですね。

 

建物の所有権に関して。

1. 所有権保存 H13/7/10 株式会社ラウンドワン

2. 所有権移転&信託 H15/3/31 住友信託銀行株式会社

3. 所有権移転 H16/3/31 新生信託銀行株式会社(原因:受託者更迭)

4. 所有権移転 H25/3/27 三井住友信託銀行株式会社

 

で、下の方に付いてた権利部(乙区)と信託目録を見るに、平成15年に根抵当権が抹消されてる&信託されてるっぽいです。

なのでその時点で建物は新生信託銀行のものになり、(当時)ラウワンが「受益者のために建物etcの管理とか頼んだわ~」ってしてるっぽいです。

 

それで、平成25年って文字をやたら見かけるなと思ったら、上でちらっと触れた河原町商店街地区地区計画(2013年決定=平成25年)」が関係してそうです。

平成25年あたりから信託の委託者と受益者が(現)日本都市ファンド投資法人になっており、所有権も三井住友信託銀行に移転しています。

 

 

で、土地の方もだいたい同じ感じなのですが、所有権のところにこんな表記が。

1. 所有権移転 S17/9/3 第一生命保険相互会社
(原因:S16/12/26包括移転契約)(順位1番の登記を移記)

付記1号 1番登記名義人表示変更 (略)

昭和63年法務省令第37号附則第2条第2項の規定により移記(H9/2/20)

2. 所有権移転 H12/2/15 株式会社ラウンドワン

3. …(以下略)

 

「昭和63年法務省令第37号附則第2条第2項の規定により移記」とは、簡単に言えば「登記簿のコンピュータ化に伴って情報を移動したよ~」ということです。

その際には「現に効力を有しない登記は(大事なとこ以外)省略していいよ~」ということになっています。なので「順位n番の登記を移記」って書いてあります。

 

……順位1番ってことは、昭和16年(1941年)からずっと変わってなかったってこと?

 

 

いや登記情報だから本当だと思うけど……

より古い登記情報は閉鎖エァーリァにあるっぽくて流石にめんどくさいなになりました。

 

過去の住宅地図を見よう

本題。

探してみたところ、右京中央図書館にアホみたいに過去の住宅地図があるらしいので行ってみることに。

京都に関する資料がまとまってるコーナー(?)があるらしい。

 

太秦天神川駅すぐ

 

とりあえず1995年・1988年・1977年の住宅地図を調べてきました。

 

ゼンリン住宅地図 '95 京都市中京区(1995/7発行)

空き地でした。

ハテナの建物は個人宅なのか商店なのかよくわからない文字列が書いてありました。個人名だったらアレなので一応伏せておきます。

空き地なのは誰かが立ち退き要求したからなんですかね?この頃から計画があったのかしら。

 

京都吉田地図株式会社 京都市中京区 精密住宅地図(S63/5/12発行)

ということで、河ラの場所にあったのは「第一生命河原町ビルディング」「住宅(古そう)」「隣のお寺」でした。

第一生命河原町ビルディングは5F建てで、この時代には1Fに駸々堂書店っていう書店があるだけでした。割と有名な書店らしい?

 

左上の住宅ですが、おそらく江戸時代からあるものだと思います。様式だと「割長屋」あたりが近いですかね?

こういうのは通り沿いの大きな店に囲まれた内部(裏側)に庶民向けに建てられるらしいので、昔は河原町通側(第一生命河原町ビルディングのとこ)に江戸時代からの店があったのかな?なんて妄想してみたり。知らんけど。

1部屋はかなり小さく見えます。その部屋は人が住んでたり、トイレだったり洗濯場だったりします。

 

京都吉田地図株式会社 京都市中京区 精密住宅地図(S52/5/12発行)

情報が手書きでした。なので「第」の時が略記されてました。

名前が変わった&空き家が少ないくらいで土地利用に大きな変化はありませんでした。

第一生命ビルのテナントはちょっと残ってて、1Fはずっと駸々堂書店ですが、3Fに会議室があったり4F・5Fに会社の営業所や出張所があったりしたらしいです。

 

1970年の電話帳*7があったので「第一生命ビル」関連を探してみましたが、何も載っていませんでした泣

裏表紙に「ダイヤルは メモを見ながら 正確に 間違いは 他人の迷惑」って書いてて時代を感じました。「かけ間違い」にすれば57577だったのに~

あと電話帳って(人を見分けるために)職業書いてるんですね。今はないかもしれないですが……

 

結果

河ラはもともと「ビル」&「古くからある住宅」&「隣にあるお寺の敷地」でした。

色々勉強になったし楽しかった~特に登記情報なんてしっかり見るのは初めてでしたからね。

みなさんも身の回りや気になる場所の昔の様子を探ってみませんか?